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名古屋地方裁判所 平成5年(わ)950号 判決

裁判所書記官

小久保重俊

本店所在地

名古屋市中区栄二丁目七番八号

法人の名称

株式会社荘川開発

代表者の氏名

近藤光治

本籍

愛知県安城市高棚町郷二〇六番地

住居

名古屋市瑞穂区岳見町五丁目二番地の四

会社役員

近藤光治

昭和一七年四月一八日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、次のとおり判決する(公判出席検察官磯部一。弁護人五木田彬、同赤松幸夫、同関口悟、同青木俊二)。

主文

被告法人株式会社荘川開発を罰金一億八〇〇〇万円に、被告人近藤光治を懲役二年八月に各処する。

被告人近藤光治に対し、未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。

訴訟費用中、証人長谷川香に支給した分は被告法人株式会社荘川開発及び被告人近藤光治の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告法人株式会社荘川開発(以下「被告会社」という。)は、宅地造成並びに不動産の売買、交換、賃借及び管理等を目的とする資本金二〇〇〇万円(平成三年一月八日までは五〇〇万円)の会社であり、被告人近藤光治(以下「被告人近藤」という。)は、被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括している者であるが、被告人近藤は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようとして、それぞれ、売上を除外し、架空の土地仕入を計上するなどの方法により、所得の一部を秘匿した上、

第一  昭和六二年八月一日から昭和六三年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が八五九万八四五七円、課税土地譲渡利益金額が二億六一〇七万九〇〇〇円であったのに、昭和六三年九月三〇日、名古屋市中区三の丸三丁目三番二号所在の所轄の名古屋中税務署において、同税務署長に対し、被告会社の所得金額及び課税土地譲渡利益金額がいずれも零円であり、これに対する納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額七三四六万六二〇〇円と右申告税額との差額七三四六万六二〇〇円を免れ(別紙1-1脱税額計算書、別紙1-2修正損益計算書参照)、

第二  昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が二億一〇三一万三五三三円、課税土地譲渡利益金額が四億七四七七万二〇〇〇円であったのに、平成元年九月二八日、前記名古屋中税務署において、同税務署長に対し、所得金額及び課税土地譲渡利益金額がいずれも零円であり、これに対する納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億二七七七万九二〇〇円と右申告税額との差額二億二七七七万九二〇〇円を免れ(別紙2-1脱税額計算書、別紙2-2修正損益計算書参照)、

第三  平成元年八月一日から平成二年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が七億一八一六万二八九二円、課税土地譲渡利益金額が一一億一九〇四万四〇〇〇円であったのに、平成二年九月二七日、前記名古屋中税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三〇九五万二一一〇円、課税土地譲渡利益金額が一四一五万五〇〇〇円であり、これに対する納付すべき法人税額が一五六九万七五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額六億二一六六万六六〇〇円と右申告税額との差額六億〇五九六万九一〇〇円を免れ(別紙3-1脱税額計算書、別紙3-2修正損益計算書参照)

たものである。

(証拠の標目)

括弧内の記号番号は、検察官請求証拠の記号番号(番号は記録上算用数字)を示す。検察官に対する供述調書は「検察官調書」、大蔵事務官に対する供述調書である質問てん末書は「大蔵事務官調書」と記載する。

判示事実全部について

一  第二回、第三回、第四回、第二四回公判調書中の証人鈴木高司の各供述部分

一  第九回、第一〇回公判調書中の証人長谷川香の各供述部分

一  第四回、第五回公判調書中の証人山田太郎の各供述部分

一  第二六回公判調書中の証人本多精三、同鈴木敏幸、同藤井高久、同成田初義及び同成田幸助の各供述部分

一  鈴木高司の検察官調書(抄本。甲六九)

一  長谷川香の検察官調書三通(各抄本。甲七五ないし七七)

一  浅野進の検察官調書三通(甲三九ないし四一)

一  高木秀一の検察官調書二通(甲五四、五五)

一  橋本潔の検察官調書二通(甲七三、七四)

一  内藤昭雄(甲四二)、神谷辰己(甲四六)、伊藤靖夫(甲四九)、田口明子(甲五〇)、中田寿彦(甲五一)、大塚亮治(甲六〇)、榎本立二(甲六四)及び中野慈朗(甲六五)の各検察官調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書二四通(甲二ないし七、九、一〇、一五、一七ないし一九、二一ないし三二)及び査察官報告書(甲一〇三)

一  検察事務官作成の捜査報告書二通(甲七〇、九九)

一  勧角証券株式会社名古屋支店支店長森本恒雄及び総務グループ長石倉実作成の「本書は当店備え付けの」で始まる証明書(甲九三)

一  登記簿謄本(乙一八。被告会社の関係でのみ)

一  第七回、第八回、第一一回、第一二回、第一五回、第一六回、第二五回、第二七回、第二八回公判調書中の被告人近藤の各供述部分

一  被告人近藤の検察官調書一一通(乙一、三ないし八、一〇、一二、一三、一五)

一  被告人近藤の大蔵事務官調書三通(乙一九ないし二一)

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の査察官調査書四通(甲一一、一二、一六、二〇)

一  大蔵事務官作成の証明書(甲三三)

一  被告人近藤の検察官調書(乙一四)

判示第二、第三の各事実について

一  吉川良吉(甲四五)、下手明弘(甲五三)及び滝沢清(甲五九)の各検察官調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書二通(甲一三、一四)

判示第二の事実について

一  宇佐美美世子の検察官調書(甲六一)

一  大蔵事務官作成の証明書(甲三四)

一  被告人近藤の検察官調書(乙一一)

判示第三の事実について

一  鳥居辰夫(甲四七)及び清水勇(甲五二)の各検察官調書

一  検察官作成の報告書(甲一〇五)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(甲八)及び査察官報告書二通(甲七一、一〇四)

一  大蔵事務官作成の証明書(甲三五)

一  被告人近藤の検察官調書(乙九)

(争点に対する判断)

被告人近藤は、判示第一、第二の各事実につき、犯意を否認している。そして、弁護人は、被告人近藤の供述に基づき、右各事実につき、被告人近藤は、被告会社の経理、税務一切を任せていた税理士鈴木高司から、被告会社には累積赤字があるため利益及び所得が零となり法人税が生じない、課税土地譲渡利益に関しても、被告会社が販売している土地は保有期間等の関係で土地重課の対象とならず、課税対象になる譲渡利益を生じない旨の説明を受け、税に対する知識の乏しさも手伝って、同税理士の言葉を信じ、その申告内容が正しいものと誤信していたから、ほ脱の故意がなく無罪であり、判示第三の事実についても、同税理士を信頼していたから、犯意は極めて希薄であった旨主張する。また、本件の課税土地譲渡利益の算出は、経費計算を法定の概算法によって行っているが、弁護人は、右経費計算について、法はこれを概算法、実額配賦法のいずれで計算するかを納税者の選択に委ねているところ、被告会社は確定申告に当たって実額配賦法を選択している上、現に実額把握が可能で、これによって計算すれば二、三億円もの重課税額が減少するから、実額配賦法による計算がされるべきである旨主張する。そこで、被告人近藤に右法人税ほ脱の故意があったことを認定した理由及び弁護人の実額配賦法によるべきであるとする主張を採ることができない理由を補足して説明し、最後に、本件の審理の過程で問題となった損益に関する争点について言及する(以下、公判調書中の被告人近藤及び証人の供述部分は、単に被告人近藤及び証人の供述と記載する。)。

一  被告人近藤に法人税ほ脱の故意があったことを認定した理由

1  前掲証拠によると、次の事実が認められる。

(一) 被告人近藤は、愛知大学法経学部を卒業後、民間会社に勤務し、土地買収の仕事を担当して、宅地建物取引主任の資格を取得した。そして、昭和四六年ごろ、従兄弟の経営する被告会社(当時の商号は荘川開発株式会社)に入社し、翌昭和四七年ごろ、右従兄弟から経営を引き継いで被告会社の代表取締役になり、その業務全般を統括していた。被告会社は、宅地建物取引業協会に加入しており、その主な事業は、岐阜県大野郡荘川村六厩地区において、山林を別荘地に造成して分譲販売することであって、昭和五九年ごろから、従来の訪問販売方式を改め、新聞紙上に分譲広告を掲載し、日曜日や祝日には無料バスによる現地の見学会を開催して顧客を勧誘する販売方式を取り入れたことなどから、次第に業績を伸ばし、さらに、昭和六三年ごろには、被告会社の分譲地に隣接する一ノ瀬地区において、他社が荒造成して分譲販売していた土地をその売却先等から順次買収するなどして、これらを区画分筆して同地区一帯の本格的な販売を開始し、売上げを増大させた。本件係争事業年度当時、被告会社には、現地での販売業務に従事する歩合制で雇われた不動産外交員と呼ばれるグループがいたが、正規の社員は数名程度で、不動産取引についても、被告人近藤がその全てを取り仕切っていた。

(二) 被告人近藤が、被告会社の昭和六三年七月期、平成元年七月期及び平成二年七月期(以下「本件各期」という。)の収入及び支出として申告した内容(内訳)は、別紙修正損益計算書(昭和六三年七月期は別紙1-2、平成元年七月期は別紙2-2、平成二年七月期は別紙3-2)の公表金額欄記載のとおりであり、各期に共通して、売上の除外(なお、平成元年七月期については、右修正損益計算書上、売上除外がないように見えるが、これは、土地の売上を引渡時点で確定したため、計上時期にずれを生じ、計上時期の修正によって売上高が減少したことによるのであり、右修正前は、昭和六三年七月期に四三一四万二六〇〇円の、平成元年七月期に二九八一万円の、平成二年七月期に四二九三万円の各売上除外が認められる。甲二参照)、土地在庫(期末棚卸)の除外、土地仕入費及び広告宣伝費の過大計上等が存する。他方、これらの実際の金額は、右各修正損益計算書の差引修正金額欄記載のとおりであり、売上除外額、棚卸除外額及び経費の過大計上額は、いずれも一〇〇〇万円単位の極めて大きなものである。

2  次に、関係者の証言について検討する。

(一) 被告会社の本件各期の税務申告に係わり、確定申告書を作成した税理士である証人鈴木高司は、公判において、被告人近藤の指示を受けて法人税を免れるため内容虚偽の確定申告書を作成したことを認める供述をしている。その要旨は、以下のとおりである。〈1〉 被告会社の経理帳簿は、本社の現金出納帳と現地の現金出納帳だけであり、土地仕入や販売に対応する土地台帳や総勘定元帳などはなかった。決算の際には、別荘地の売上契約書綴り、現金出納帳、普通・当座の各預金通帳の写し、領収書の綴りが渡されたが、それは、申告期限の半月くらい前のことであった。別荘地の売上金額の把握は、土地台帳がなかったので、渡された売買契約書の綴りの契約金額を集計して把握した。土地仕入高の把握も、契約書や仕入台帳などがなく、個々の土地の仕入価格を把握できなかったことから、被告人近藤に売上の何割が原価かを訊き、これを基に計算して計上した。〈2〉 特に、平成元年七月期については、申告前に合計残高試算表(前掲検察事務官作成の報告書-甲七〇-の資料三)を作り、被告人近藤に税込利益が約一億円になる旨報告したところ、税金が出ないようにしてほしい旨依頼され、後述する広告宣伝費を水増しするとともに、仕入についても、領収書をもらえないところがあるから土地仕入を水増ししてほしいと言われ、広告宣伝費五六〇〇万円と土地仕入費三七四九万円余の合計九三四九万円余の未払金がある旨の振替伝票(同資料四)を作成し、これらが経費である旨の虚偽の申告をした。〈3〉 平成二年七月期も、当初、売上高の約五〇パーセントを土地仕入の合計額として決算報告書(同資料七)を作成し、被告人近藤に見せたところ、さらに、架空仕入費三〇〇〇万円を計上して所得を圧縮し、税金を半額にするように指示されたので、三〇〇〇万円の架空仕入伝票(同資料八)を作成して、同額の仕入を水増しした。その結果、確定申告書に添付された決算報告書(同資料九)は、先の決算報告書(同資料七)に比べて、仕入額が三〇〇〇万円増えている。〈4〉 土地在庫(棚卸資産)については、被告人近藤から、被告会社では造ればすぐに売れ、寿司屋と同じで在庫がない、などと言われ、昭和六三年七月期と平成元年七月期については、棚卸資産には当たらないことが分かりながら、前例にならってテニスコートだけを計上したが、平成二年七月期については、被告人近藤から、同期は売上高が多いのである程度の在庫を計上するように依頼され、四二四九万円を期末棚卸資産として計上した。〈5〉 広告宣伝費は、昭和六三年七月期の申告の際、現金出納帳を事務員に集計させたところ、四二六万円余にしかならなかったが(同資料二)、被告人近藤から、広告は一回八〇〇万円以上で年一〇回以上行っているし、現地案内にも金がかかると言われて、九〇〇〇万円に増額した。平成元年七月期についても、新聞広告一回が八〇〇万円くらいで、七回分くらいが未払いだから、五六〇〇万円を未払金として計上するように言われ、同額水増しをした。また、平成二年七月期の広告宣伝費として計上したもののうち、八六五〇万円分は、被告人近藤に小切手の支払先を確認したところ、朝日広告社に支払った旨回答を得たので(同資料六)、同額を広告宣伝費として計上した。

(二) 被告会社で経理事務を担当し、現金出納帳の記帳をしていた証人長谷川香は、公判において、被告人近藤が被告会社の主な収入源である別荘地の売上高や支出の重要部分を占める広告宣伝費を把握していたほか、被告人近藤の指示により、朝日広告社及び土地家屋調査士吉川良吉事務所に対する支払を現金出納帳に二重計上させられたことを供述している。その要旨は、以下のとおりである。〈1〉 被告人近藤に命じられて土地売上を記帳していた。被告人近藤から、頻繁に売上げを訊かれたり、売上金の振り込まれる通帳を見せるよう言われた。広告会社から請求書がきたときは、被告人近藤に指示を仰いで処理していた。〈2〉 被告人近藤から領収書の束を渡され、現金出納帳に合計金額を社長借入金として記帳した上、その支払の内訳を現金出納帳に記載するように命じられたこともあった。その中に、朝日広告社及び吉川事務所に対する領収書が入っていたが、これらについては既に請求書がきた段階で支払いを終えていることに気づかず、その領収書に基づきもう一度支払をしたように記帳してしまった。これらの領収書は、被告人近藤に平成元年八月から平成二年七月までの朝日広告社及び吉川事務所に対する領収書を取りまとめておくように言われて、領収書綴りの中から探し出して、被告人近藤に渡したものである。このような処理をしたのが同年度だけだったのか他の年度にもあったのかは記憶がない。

(三) 右両名の供述は、被告人近藤が経費の水増しを指示していたという点で相互に合致しているし、その供述内容も具体的かつ詳細なものであり、しかも、右両名の供述内容を裏付ける証拠も存在する。すなわち、前掲検察事務官作成の報告書(甲七〇)に添付された振替伝票・メモ等の写しなどは鈴木の供述に合致し、その信用性を担保するものである。また、前掲森本恒雄及び石倉実作成の証明書(甲九三)によると、前記八六五〇万円の小切手は、株式購入資金に当てられた事実が認められ、その額の大きさなどからみてその使途等を忘れることなど通常考えられないのに、被告人近藤は、これを朝日広告社に対する支払に充てたような回答を鈴木にしているが(甲七〇の資料六)、こうした事実は、架空経費の計上が被告人近藤の指示に基づくことを裏付けるものである。そして、長谷川香の検察官調書抄本(甲七五ないし七七)に添付された現金出納帳、領収書等の写しは、いずれも長谷川香の供述に合致し、その信用性を担保するものである。さらに、被告会社の本件各期の確定申告は、前記のとおり、売上除外、棚卸除外及び土地仕入れ、広告宣伝費の架空計上等があり、その結果、昭和六三年七月期及び平成元年七月期については、法人税額及び課税土地譲渡利益金額がいずれもが零に、平成二年七月期については、これらが実際よりも極めて低額になっているところ、これらの売上除外額、棚卸除外額及び架空過大に計上された経費額は、いずれも一〇〇〇万円単位の極めて大きなものであり、他の科目には、これほど大きなずれが認められないことからすれば、これが単なる計算間違いやずさんな経理処理の結果もたらされたものとは認め難く、所得額を圧縮し、税金を免れることを意図してこのような処理が行われたものと強く推認されるが、これにより利益を受けるのは、被告会社、ひいてはその実質的オーナーの被告人近藤であり、鈴木高司には、このように税金を免れることについて独自の利益は認められない。また、長谷川香も、被告人近藤とは親族関係がなく、被告会社の経理事務を機械的に行っていた一従業員にすぎないから、独自の判断でこのような処理を行うことなどおよそ考えられないし、偽証してまで被告人近藤に殊更不利な供述をする立場にもない。そうすると、被告人近藤の指示を受けて、法人税を免れるために内容虚偽の確定申告書を作成したことを供述する鈴木高司の証言及び被告人近藤が被告会社の収支の重要部分を把握しており、被告人近藤の指示で支払を現金出納帳に二重計上させられたことを供述する長谷川香の証言の各その基本部分は、十分信用できるものである。

なお、関係証拠によると、鈴木高司が被告人近藤に対し、税務当局の査察が開始された後、一〇〇〇万円の小切手を渡そうとした事実が認められるところ、鈴木高司は、この趣旨について、被告人近藤から、被告会社に査察が入ったのは、鈴木の推薦した被告会社の顧問税理士山田太郎のせいだ、山田税理士をマスコミに暴露する、山田税理士には一〇〇〇万円払っている、などと言われたので、世話になった山田税理士に迷惑をかけないために渡そうとした旨供述している。しかし、こうした供述は、その金額の大きさや山田税理士が本件各申告行為自体に実質的に関与したとは認められないことからみて、そのままには信用し難い。そして、証人鈴木高司の供述によると、同人は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図ることを使命とする税理士でありながら、被告人近藤の依頼に応じて架空経費の計上に協力したり、被告会社のずさんな経理に基づいて、強くその是正を求めないまま税務書類の作成に当たっていたことが認められるから、同人は、被告会社の本件脱税を容認したものとして、被告人近藤の供述次第では、懲役処分を受けたり、共犯者としての責任を問われかねない立場にあったのである。こうした鈴木の立場に立てば、右小切手は、自己に責任が及ばぬように事を処理してほしいとの趣旨を含んで提出されたと疑われても致し方ないものである。しかし、鈴木のこのような小切手の提供行為は、同人の前記供述内容と矛盾しないから、これによって同人の供述の核心部分の信用性は左右されない。

3  被告人近藤の供述

(一) 被告人近藤は、公判において、自分は販売に力を入れており、被告会社の売上や利益等には関心がなかった、鈴木から、昭和六三年七月期と平成元年七月期については、二億円の累積赤字があり、これにより利益が消えると言われて、その言葉を信じていた、経理を任せていた鈴木を信じていたので、決算書は見ていない、鈴木に対し、土地売上を把握できる販売図面、価格表、土地仕入れを把握できる領収書類、その他経費計算に必要な基礎資料はすべて見せていた旨供述し、本件各期の前記のような税務処理は、鈴木が被告人近藤に相談することなく独断で行ったものである旨供述する。また、土地重課についてはほとんど知識がなく、宅地建物取引業協会の開く税務実務等の講習会に出席しても寝ていて聞いていなかったなどと述べている(乙一四、第二七回公判供述)。

(二) しかし、会社の経営者であり、実質的なオーナーでもある者がその経営状態に関心を持たないというのは、不自然である。まして、被告会社は比較的小規模な会社であり、被告人近藤は、自ら土地仕入れに当たるなどして、その業務全般を統括していたものであるから、被告会社の経営状態や経理状態を把握していなかったというのは、極めて不自然なことである。また、不動産の売買等を業とするものが、新たに導入された土地重課制度に無関心で、その制度の基礎的知識も持たなかったというのも、同様に不自然である。こうした点に加えて、次に挙げる事情に照らせば、本件の犯意を否認する被告人近藤の供述は、信用できないものである。

(1) 被告人近藤は、国税庁の査察開始当初に任意で取調べを受けた際、大蔵事務官に対して、平成元年七月期と平成二年七月期の申告に当たって、鈴木税理士から仮決算の説明を受け、決算に載っていない未払金はないかと訊かれ、決算期後に予定していた朝日広告社への支払予定分を未払金として報告した、平成元年一一月ごろ、約八〇〇〇万円の株式を会社の小切手で購入したが、右小切手の使途について鈴木に訊かれた際、広告宣伝費であると報告した、売上については、鈴木に契約書をもとに売上を計算してもらっていたが、平成二年七月期は、契約書のない取引について売上を除外した、同期について、鈴木から「六〇〇〇万円くらいの利益が計算されたが、今年の予算はいくらですか」と訊かれ、「税金は少なければ少ないほどよい」とお願いしたところ、最終的に三〇〇〇万円くらいの所得を計算してくれた、このように不正の行為によって所得を減らした分は、平成元年七月期が約一億円、平成二年七月期が約二億円であった、不正に免れた財産と個人の財産の双方で株に二億円、自宅購入に約二億八〇〇〇万円、預金に約二億円を充てた、自分がこのように不正をしたのは、不動産業界が好況不況の波が激しく常に不安定であるので、不況時に備えるための蓄えと、事業の信用のために自宅を購入して家族にもよい暮らしをさせるためであった、などと述べ、前記鈴木の供述に近い供述をしている(乙一九ないし二一)。

(2) 被告人近藤は、被告会社が平成三年五月に名古屋中税務署から特別調査を受けた後、自ら積極的に架空の経費をねん出するための工作を行っている。すなわち、〈1〉 被告人近藤は、平成三年六月中旬、名古屋中税務署から領収書の存在しない約三億円の架空仕入れ等を指摘されると、同月下旬、被告会社の元不動産外交員高木秀一に依頼して、被告会社が同人に一ノ瀬谷の山林の買収費用として昭和六三年一〇月から平成二年二月までの間に合計四億五〇〇〇万円を支払っていた旨の架空の領収書を作成させ、同人にその謝礼として現金四五〇〇万円を交付し、山田税理士を介して、これを同税務署に提出した(高木秀一の甲五四の検察官調書、証人山田太郎及び同鈴木高司の各公判供述)。この点について、被告人近藤は、罪証隠滅を目的として自ら進んで右領収書の作成を依頼したことを否定し、高木に渡した四五〇〇万円は同人の退職金若しくは手切金であると供述するが、高木は、右検察官調書において、被告人近藤から執拗に依頼されて、被告会社の税金対策のために架空の四億五〇〇〇万円の領収書を作成し、その謝礼として四五〇〇万円を受け取ったことを明確に供述しているから、こうした被告人近藤の弁解供述は信用できない。〈2〉 被告人近藤は、平成三年九月ごろ、取引先の前田道路株式会社衣浦工事事務所の所長橋本潔に依頼して、本件各期の経費であったように仮装するため、総額約二四億円の道路造成工事及び水槽設置工事等の見積書三通を作成させ、検察官の事情聴取の際にこれを提出し、同額相当分の未払金があるからこれを本件各期の経費として認めるように主張した(橋本潔の甲七三、七四の各検察官調書、被告人近藤の公判供述、乙三)。この点について、被告人近藤は、右各見積書が偽りのものであることを否定する弁解をしているが、橋本潔は、同人の右検察官調書において、これらの見積書が工事を予定していない架空のものであったり、別の見積書を丸写ししたものであって、無意味なものであることを明確に供述しているから、被告人近藤の右弁解供述も信用できない。

4  以上に検討した被告人近藤の経歴、被告会社における立場と権限、被告会社の規模、業務内容の実態、本件各期の確定申告の内容と売上除外額、棚卸除外額、経費の過大計上額、被告会社が税務当局の特別調査を受けた後の被告人近藤の言動並びに証人鈴木高司及び同長谷川香の各供述、被告人近藤の大蔵事務官調書等を併せると、被告人近藤は、本件各確定申告当時、架空経費の計上等により申告所得金額及び課税土地譲渡利益金額が実額よりも相当少ないことを十分認識しながら、法人税を免れるために、本件各確定申告に及んだことが認められる。

二  課税土地譲渡利益金額の算出における経費計算を概算法でした理由

税の発生要件、税額の計算方法等は、法律の規定により決まるべきものであるから、法律の規定に合致したものが正しい税額であるところ(租税法律主義)、租税特別措置法は、土地譲渡の際に法人税に加算されるべき税額の計算方法について、課税対象となる譲渡利益は、政令で定めた方法で計算した土地譲渡の収益額から、同様の方法で計算した右土地譲渡の経費を控除したものである旨規定し(六二条の三第二項二号等)、これを受けて、租税特別措置法施行令は、右土地譲渡の経費につき、これを譲渡資産保有のために要する負債の利子額と土地譲渡に要した販売費及び一般管理費の合計額であるとした上、法人がこれら経費金額について、当該土地譲渡に係わる部分の金額を合理的に計算して申告した場合には右計算金額を当該土地譲渡の経費とすることができるが(実額配賦法)、そうでない場合は、いずれも政令で定める方法(概算法)による旨規定している(三八条の四第六項、第八項)。そして、右租税特別措置法施行令の規定の趣旨は、「負債利子」と「販売費及び一般管理費」について、実額配賦法によるには、これらを過去に遡って集計した上、譲渡した土地に適切に配賦するという困難で煩雑な手続を要することから、概算法によるのを原則とし、納税者である法人において、こうした負担を甘受し、普段から帳簿類の整備等に努め、これらを合理的に計算して申告した場合に、例外的に実額配賦法によって計算することを認めたものと解される。

そうすると、本件において、被告会社は、本件各期の確定申告において、販売費及び一般管理費について実額配賦法によっているが、既に認定したところから明らかなとおり、被告会社の計算には、経費の水増しや架空計上などがあり、また、土地の取引内容を明らかにする帳簿類も整備されておらず、実額配賦法の計算に著しく合理性を欠いているから、原則に立ち戻って法定の概算法によるべきであり、刑事裁判であっても、これを別異に解すべき理はない。

三  本件の審理の過程で問題になった損益に関する争点について

1  被告会社の判示所得金額、課税土地譲渡利益金額等を算出する前提となった主な証拠の一つに、土地仕入高を確定するために大蔵事務官が作成した査察官調査書(甲七)があるが、この査察官調査書に購入先として記載された者のうち、藤井高久、本多佳雅、鈴木敏幸、成田幸助及び成田初義の五名につき、被告人近藤からその記載に誤りがあることが指摘され、関係者を取り調べた結果、藤井高久、成田幸助及び成田初義の三名につき、その内容に誤りのあることが明らかになった。しかし、本件のように仕入先が多数にのぼる事案について、本来事情を知る立場にある被告人近藤がその誤りを指摘したのは右五件であり、しかも、そのうち実際に誤りが認められたのは三件にすぎない。そして、右三件三名については、これらの者が国税局の照会に対して誤った回答をしたことによるものであり、他に、右査察官調査書のもとになった各仕入先関係者の供述内容に特に不審な点があることをうかがわせる資料はなく、被告人近藤においても、前記五件五名以外の仕入れ関係について特に主張したい点はない旨供述しているから(第二五回公判)、右三件の記載に誤りが認められたからといって、右査察官調査書全体の信用性が損なわれるものではない。

2  公認会計士野田勇司作成の報告書は、同人が弁護人に依頼されて、本件の証拠を基に、本件各期の土地譲渡利益金額及び土地重課税額を実額配賦法を採用して算出したものであるが、そのなかに、土地売上高から土地原価を差し引いた売上総利益(粗利)を算出して比較し、本件各期とも、超短期譲渡(所有期間二年以下の土地の譲渡)及び短期譲渡(所有期間が二年を超え五年以下の土地の譲渡)については利益があるのに、その他の土地譲渡については損失が生じる結果となっていることを疑問とする見解が記載されている。

しかしながら、右報告書によっても、土地総売上高に占めるその他の土地売上高の割合は、昭和六三年七月期が二・九パーセント、平成元年七月期が〇・三パーセントにすぎず、平成二年七月期については零である。また、右報告書によって、本件各期のその他の土地売上高とその他の土地経費合計額を対比すれば、昭和六三年七月期は、経費合計額が売上高の五割を超え、平成元年七月期と平成二年七月期は、経費合計額が売上高を超えている。そうすると、被告会社の本件各期のその他の土地売上高は僅かなものであり、経費等も勘案すれば、こうしたその他の土地取引が赤字となったとしても特に不自然不合理とはいえない。

(法令の適用)

一  罰条 判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも法人税法一五九条一項(被告会社につき、更に同法一六四条一項、罰金刑の範囲について同法一五九条二項)

二  刑種の選択 被告人近藤につき、各懲役刑を選択

三  併合罪加重 被告会社につき、平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)四五条前段、四八条二項(各罪所定の罰金額を加算)

被告人近藤につき、改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重)

四  未決勾留日数の算入 被告人近藤につき、改正前の刑法二一条

五  訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(証人長谷川香に支給した分を被告会社及び被告人近藤の連帯負担とする。)

(量刑の事情)

本件は、被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括していた被告人近藤が、被告会社の事業の継続、発展に備えるとともに、株式投資や自宅建築資金などにも流用しようとして、土地売上除外、架空土地仕入の計上、経費の二重計上等の方法により不実の申告を行い、同社の三期分の法人税合計九億円余を不正に免れた事案であり、免れた税金が巨額であり、ほ脱率も九八パーセントを越えている。そして、所轄税務署の特別調査や国税局の査察が開始されると、自らの行為を正当化するために、被告会社の関係者に依頼して架空の領収書や見積書を作成して経費の主張をしたり、本税、加算税等も納付されていないなどの事情もあるから、その罪責は重い。

他方、被告人近藤には、業務上過失傷害罪により罰金刑に処せられたほかには前科がないこと、これまで相当長期間勾留され、その間に妻を亡くしていること、関与税理士において、被告会社の経理の適正化について強く指導をしなかったことや、被告人近藤の意図を察知しながら、これに安易に協力するような行動を取ったことが本件を助長する結果となったこと、本件発覚後、可能な範囲で税金を払う一応の努力がされたことなどの酌むべき事情もある

そこで、こうした事情と記録にあらわれたその他の事情を総合して、主文の刑を量定する。

(裁判長裁判官 三宅俊一郎 裁判官 長倉哲夫 裁判官 岩田光生)

別紙1-1

脱税額計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙1-2

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2-1

脱税額計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙2-2

修正損益計算書

〈省略〉

別紙3-1

脱税額計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙3-2

修正損益計算書

〈省略〉

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